結婚して
結婚しました
社会の見方、自分に対する見方が、変わりました
婚姻届け出しただけ、式すらしていないのに、初めての感情が私の頭をマーブリングみたいに覆ってる感覚。その絵の具の組み合わせは今まで経験したことがない配色で、もっとはっきりと近くでみて濃く塗りなおしたいという感覚
恋愛とは違う感情。今までの私と切り離された自己。
ここ4か月、仕事でものすごく悩んでいる、何度も頭をよぎる転職。ちょうど結婚と時期も重なって、余計物事の区別がつかなくなってる
ちょうど彼が長期出張で、久しぶりに一人になる時間が増えた。彼と出会う前みたいに、それなりに楽しいことを見つけて、本来したかったことに時間を割くようになるのかなと考えていたけれど
今回はどうやら違うみたい。絵をかいたり本を読んだりピアノ弾いたり、散歩したり歴史に触れたり
そういったことに気が向かない。感受性が低くなったのかと焦る気持ちもあったけど、きっと今はそういう時期なんだ。仕事のことを考えていたいのか、考えずにはいられないのか、、どのみち考えているんだから、しっかり休息も取りつつ楽しんでできるようになったらいいな。
今週は英語のオンラインコーチの面接もある。なんとなく応募した求人。でも労力を考えると、なんとなくって程度の気持ちじゃないんだろうな。今はコンステレーションが見えていないだけなのかも
大丈夫、前に進めてる。
って励ましてる。周りの言うことなんか気にしちゃだめ。他人は他人。いままでそうやって生きてきて、今幸せじゃん。私と、彼が納得していればそれでいいの
ってこれまた言い聞かせてる。。笑
寝たきり高齢者の正体
就職活動の中で、私の信念は
「寝たきり高齢者を減らしたい」
だと見えてきた。この有益性を考えていきたいと思う。
①寝たきり高齢者を減らしたいと思った原体験
②寝たきり高齢者の定義
③寝たきり高齢者の問題点
④寝たきり高齢者が多い理由
⑤できたらいいなと思うこと
に沿って話をまとめる。
①寝たきり高齢者を減らしたいと思った原体験
看護師時代、認知症や脳血管障害、老衰で判断力が低下した患者に対して、経管栄養や胃瘻造設が漫然と行われていた。患者は手足を拘束され、臥床時間が増えることによる皮膚障害も発生する。さらにケア負担が増えることによるスタッフのストレスからケアの質も下がっていた。病院に入るお金以外の見返りが何もなかった。しかもそれはスタッフにまで還元されない。
毎日こういった患者の世話をしてるのに、その人自身と向き合う時間もなく業務で日々が過ぎていく。ベテランの先輩たちに考えを聞いてみたら、皆口をそろえて自分や自分の家族にはここまでさせない、という。さらに異常だと思ったのは、そうした患者が亡くなると「ようやく苦しいのが終わったね、お疲れ様」と声をかけること。そしてコロリと言ってしまった患者には「寝たきりにならなくてよかったね」という。
初めての看取りを覚えてる。寝たきり状態のおばあさんの心臓が、いよいよ持たなくなった。意識はないけど唸り声を出したり、呼吸が不規則で苦しそうに見えた。モニター越しにレートがどんどん下がっていくのが見える。身寄りはなく、スタッフもモニターをみているだけ。患者は大場屋の一室でカーテン隔離もされていない。レートがゼロになってもしばらくしてからやっと死亡確認とエンゼルケアに入る。なんて業務的で機械的な死なんだって怖くなって、泣き出してしまった。師長がフォローに入ってくれたけど、「比較的穏やか何なのになんで泣いてるの?」って感じで自分もこの世界に入るとこの感情をなくしてしまうんだ、と悟った。
毎日仕事以外の時間も人が生きる意味を考えてしまうという精神を病む体験をして、気が付いたことがある。それはみんな悲惨な死に慣れて、疑問も持たなくなるのかなと思っていたけど、それはその人なりに自分自身を維持する方法を身につけただけなんだってこと。故人に手を合わせてお祈りしたり、丁寧にエンゼルケアをしたり、家族にお悔やみの言葉を述べたり、霊柩車が見えなくなるまでお辞儀をしたり、スタッフ間でその患者の話をすることが、精一杯の敬意の表れなんだなと感じた。
私は、患者に苦痛を与えない、スタッフにそんな思いをさせない現場で働きたいと思った。それが私の作りたい医療の現場。というか医療は終末期において生活の場にできるだけ出てきてはいけないんじゃないかな。
②寝たきり高齢者の定義
日本にいた時から、非医療者の人に尊厳を無視された寝たきり患者ついて説明する時に難しさを感じてた。特にニュージーランドにきてから、医療従事者であってもこのイメージを共有するのが難しい。まずこの状態の人をこっちでみたことがないし、それよりも必要な医療が行われていないことにみんなフォーカスが強い。
医学的無益性という言葉に近いけど、もっと狭義で使用してる。
ツイッターでも同じ患者像を表現しているなと感じることもあるけど、ドンピシャの言葉がない。
この人の書くイラストがまさに私の言ってる寝たきり高齢者↓
https://x.com/_sofachang?s=21&t=5NcodkMb5L57SEJykv942g
その他同じ思想感の見知らぬ先輩たち
https://x.com/urami420st?s=21&t=5NcodkMb5L57SEJykv942g
https://x.com/gan_2_gan?s=21&t=5NcodkMb5L57SEJykv942g
https://x.com/urferu2?s=21&t=5NcodkMb5L57SEJykv942g
https://x.com/premiumrarara?s=21&t=5NcodkMb5L57SEJykv942g
https://x.com/gichogi?s=21&t=5NcodkMb5L57SEJykv942g
③寝たきり高齢者の問題点
・心理的、身体的合併症リスクが高い
・9割の国民が延命治療を望んでいない
(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/saisyuiryo_a_r04.pdf令和5年 12 月
人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査事業 )
・自宅で最期を迎えたい人が半数以上。
上記の理由が①住み慣れた場所で最期を迎えたいから②最期まで自分らしく好きなように過ごしたいから③家族等との時間を多くしたいから
反対に、医療機関で最期を迎えたいと回答した理由で一番多かったのが、①介護してくれる家族等に負担がかかるからということが、本当は自宅で最期を迎えたいと思っている人がもっといるということを示唆してる。以下、②症状が急に悪くなったときの対応に自分も家族等も不安だから③症状が急に悪くなったときにすぐに医師や看護師の訪問が受けられるか不安だから
(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/saisyuiryo_a_r04.pdf令和5年 12 月
人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査事業 )
・道徳と倫理の乖離
道徳は個人の内面を律する個人的なものであり、宗教、思想・信条などもこれに当たる。一方の倫理は集団(共同体)や社会の理(ことわり・ルール)であり。これに従うという強制が伴う(年金目当ての患者家族)職員の心理的負担もここが原因だと思う
・寝たきり患者増加に伴う医療費の増大
日本の総医療費は約44兆円(2022年度)で、そのうち後期高齢者が16兆を占めている。寝たきり患者1人あたりの年間医療・介護費は、一般的な高齢者の約3倍とされている。
・医療界全体のマンパワーの低下
④寝たきり高齢者が多い理由
「欧米に寝たきり老人はいない―自分で決める人生最後の医療」の著者 宮本顕二、礼子夫妻は、本人が希望していないにも関わらず、延命処置が行われる理由を5つにまとめている。
①日本が延命至上主義
医学教育も延命至上主義で教育されている。食思不良、意欲低下で施設から二次救急の病院に運ばれてくるのも、少し考えたらおかしいはず。
②自分はどのように死んでいきたいかを家族に伝えていない
医師のIC不足もここに当てはまるかな
③診療報酬上の問題
人工呼吸器や中心静脈を行うと診療報酬が高くなる。急性期病院では在院日数が長くなると、胃ろうを作り、早期に退院させている。患者にとって濃厚治療費の負担が少ない。
④リビングウイルは制度化されていない
過去の判決から、医師は訴えられる可能性が高い。
⑤倫理観の欠如
医療者も家族も、自分が受けたくない延命措置を物言わぬ高齢者に行っている。
他にも、
・胃瘻をやっていないと受け入れてくれない/看取り不可な介護施設が多い。
その原因はノウハウの欠如だったり、人手不足やリスク回避が原因だったりする
と、ここまで書いといてなんだけど、医療依存度が高い、寝たきりが悪いと言っているわけじゃない。正しいタイミングで正しい情報をしかるべき方法で患者、家族に伝えてそれぞれが人生と医療について考える機会を与えるべきだと思う。
⑤できたらいいなと思うこと
・患者、家族の情報リテラシー向上
身近な人の病気体験を目の当たりにして、自分の終末期の過ごし方について考え始める人が多いと上記の調査で明らかになった。今後延命治療を望まない患者は増えていくと考えられる。若い医師の間でも、延命治療をしないのがスタンダードになっている気もする。
患者が欲しいと思ったタイミングで適切な情報が与えられたり、意思表示ができるようにしていきたい。
今はほとんど医師や看護師とのICで物事が決まってしまうけど、第三者が一役かってでるのも有効なんじゃないかな。ケアマネが仲介に入ってくれるような場面もたまにみるけど、結局ケアマネ個人のスキルや裁量にかかるところが多いし、資格のハードルが高いケアマネ人口を増やすのにも限界がある。
最近は葬儀屋もACPや人生会議に参入してるみたいだし、これから必要なのは医療専門職以外をどこまで巻き込めるかだと思う。
先の調査で、死が近い場合の、受けたいもしくは受けたくない医療・ケアに関する情報をどのような情報源から得たいかについて、「医療機関・介護施設」が最も多かった。このことから、患者の意思決定の支援をする第三機関を医師や地域連携室、ケアマネが斡旋できるような仕組みにしたらいいんじゃないかな。
倫理教育
私の身内での体験でもあるけど、たとえ高齢でも悪いところがあるなら治してほしいという患者や家族の想いは当然だと思う。
ただ、難しいところは医療従事者がみている最悪の結果のイメージを共有できていないことだと思う。
例えば私たちは、吸引の際は家族に病室を出てもらう。清拭の様子や処置の様子を彼らが目にする機会は少ない。身体拘束はなるべく家族の前ではしないようにする。90歳に腰椎狭窄症の手術をすることが、どれだけ最悪の結果が待ち受けているかイメージできていないんだと思う。視覚的・実感的な教育機会があってもいいんじゃないかな。
かといって痛みに寄り添わず薬も出さないと言った医師は、彼らに求められる役割を理解していないと思う。高齢者医療で求められるのは必ずしも医学的治療ではない。せめて彼らが納得する方法で治療を決めれるようになったらいいと願う。
終末期医療のガイドラインとDX化
終末期の意思決定を支える第三機関として、公的機関だと、地域包括支援センターや病院内の患者支援センターがある。民間企業は葬儀会社(小さなお葬式)介護相談企業(みんなの看護、ケアプロなど介護施設探しやサービスの選択肢を提供する情報プラットフォーム)保険会社(プレデンシャル生命、アクサ生命)法律事務所、司法書士事務所(遺言書作成支援や成年後見制度に関する相談対応、終末期医療の意思表示に法的効力を持たせるサポート)などがある。
しかしどの企業や職種も一部地域やニッチ市場での展開にとどまっているらしい。その理由は、サービスが公的保険や補助金の対象外となることなどがあげられる。
セカンドオピニオンや治療の領域に医師以外が参入するのはまだまだハードルが高いのが現状。患者の需要と医療従事者の負担軽減、収益化が見込めればチャンスがあるのかなぁ。でもそれを行う勉強をしてきたのが医療専門職だしな、、、だとしたら彼らが使いやすいプラットフォームやシステムを導入する方が質を落とさずより多くの人に貢献できるのかなぁ、、医療従事者としても新しいことをするのは難しいと思うけど、どうなんだろう。医療従事者のカウンセリング教育とかも可能になってくるんだろうか、、
地域ごとの終末期ケアの実態や、寝たきり高齢者の状況を可視化し、地域別/施設別に適切なケアプランを作成したり、地域や施設単位でACPや看取りケアを実践している好事例を提示するのを、既存のカウンセリングやシステムに取り入れることができたらいいじゃないかなって思う。なんにせよ、普及の肝になるのは、ACPを行うことによるインセンティブが職員単位ではっきりと示されることかな。。
診療報酬制の見直し、病院の役割などの明確化
国外では、病院・施設が公的医療機関のところがある。そのため、国家の「医療費を抑制したい」という意向が医療現場に反映され、濃厚医療が抑制される。また国民性とも一致する。(欧米諸国も昔は延命がスタンダードだったらしいけど)
今までの日本はこの制度と真逆の流れを歩んできた。地域の受け皿が少なく、急性期ではない患者が病院にいる。何か治療をしないと採算が取れない。また地域はというと、特養や軽費老人ホームは需要が追い付いていないというのに、サ高住や民間の有料老人ホームは民間企業の参入も多く、供給過多。
食べれないから受け入れ拒否というのは施設の役割として本末転倒だと思う。施設で看取りを支える工夫も必要。
特に特養待ちは30万人。長い場合は1~2年待機しないといけない。
この層を増やしていかないことと、受け皿を増やすことが私の信念と沿っている。
国内で限られたリソースの中でケアの水準を上げるには、在宅医療よりも要支援から看取りまでできる介護施設のシステムづくり、魅力アップに注力すべきだと思う。
自宅で最期を迎えたい以下のトップ3の理由(①住み慣れた場所で最期を迎えたい②最期まで自分らしく好きなように過ごしたい③家族等との時間を多くしたい)から、地域性を反映したこれらが実現できる施設をつくれば、そこで最期を迎えたいと思う人も増えるんじゃないだろうか。
さらにいうと、在宅医療はリソースが割かれるし、利用者の一定の需要があるため、一部の市場はお金持ち向けの事業にしてもいいと思ってる。家族が面倒を見る場合などは例外もあってしかるべきだけど、それよりも家のような居心地の良さとスタッフが常駐している安心感にもっとメリットを感じてもらえるようにした方がいいんじゃないか。
次の記事は、それぞれの事業団体がどのように介護問題の解決を図っているのかまとめていきたい。
カルチャーショック
仕事を始めてそろそろ2か月。
業務はこなせるようになったけど、文化的な違いにはまだ戸惑っている。
例えば言葉。語彙とか文法の違い以前に、キウイの人と話の構成やテンポが合わないと感じることが多い。とくにカジュアルな会話では、一方がバーっと話して、それで満足してというような。なんかリスポンスになってないような気がしてた。
この人のブログにその答えを見出せたと思う。
日常会話は、おそらくその人の性格や年齢、話してる状況や内容にもよるから一概に言えないけど、現地の人と話してて居心地の悪いのは一定数いる。アジア人でもいるんだけどね、確率がちがう。
あとトレーニング等うけてて、説明が冗長に感じることが多い。でポイントはなんなの、とききたくなるような。きっと日本脳で話の内容を理解してるからなんだと思う。彼らの脳内の物事の俯瞰図とアウトプットのチョイスやプロセスがまだ理解できていない。
英語を毎日使って、常に「主語はなんなのか」「時間はいつなのか」「否定か肯定か」「結論はなにか」などを考えながらコミュニケーションをする。そうすることで、日本語とは違う態度を身に着ける。
もちろん彼らの真似をして同じように物事を考えて話す必要はないけど、相手を理解するために知っておきたいところではある。
レストホームで高齢者と関わっていて、単なる日常生活様式の違いだけでなく、根本の違いを理解することが文化や人となりを理解するうえで重要だと感じた。利用者の生活パターンが分かるようになって、コミュニケーションがとれても、なにかが漠然と理解できていないような気がしてた。そんな時偶然にも、難民ボランティアのトレーニングで文化理解のコンセプトを学ぶことができた。

見えているものは氷山の一角でしかないということ。日本だと育った場所や仕事家族構成などが分かれば話をするだけでなんとなくその人の信念や人となりが理解できた。でもこちらではまだそれが難しい。そしてそれが理解できないうえでコミュニケーションをとることにまだ困難を感じる。
その点、こちらの人は多文化理解に優れていると思う。単なる知識があるとかそういうことではなく、自分の領域をしっかりと守って提示したうえで上手に多国籍のスタッフと関わっている。その強みは小さい時から形成されたものなんだろうな。真似事でいいから、模倣してみよう。なにか気が付くかもしれない。
恐らく難民の子たちと関わる時も、その子らの背景が理解できずにコミュニケーションが問題になるだろうけど、高齢者と関わるよりももっとその子らしさを体験できる気がしている。子どもは無防備なほどさらけ出してくれるから、私もそこからヒントを得たい。たくさんの人のストーリーを聞いて体験して、自分の中で海底の氷山を広げていきたい。それはいずれ自分自身の生き方を選択していくうえで役に立つ。でもすべてを知る必要はないと思ってる。自分がポジティブなエナジーを感じるときに歯車は動き出すと思うから。
以上のような違いは、ひょんなときに生活の中に飛び出てきて私を戸惑わせる。例えば認知症患者やクレームの対応など。とてつもないクレームに遭遇したことがある。あれはほぼ同僚のせいだと思うんだけど。その出来事を振り返っても、利用者の振る舞いや同僚の対応、自分の言葉や態度に関してなんだか自分の中で理解しきれない部分があって。後日またボランティアのトレーニングでAbusive and challenging Behaviour Guidelinesを学ぶ機会があった。



もちろん日本でも推奨されている対応方法はあまり変わらないのかもしれないけど、実際にここまで詳しくマニュアル化されたものをみるのは初めてだったし、こちらの人はかなりこれに近い対応を身につけていると思う。
日本で働いていた時は、どちらかというと問題を表在化しないようにできるだけ嵐が去るのを待つ、問題の根底にふれずやり過ごすみたいな対応が頻繁に行われていた気がする。
介護士と看護師のコミュニケーションの内容も違うと感じた。こちらでは些細なこともナースに報告するし、ナースも誠実に対応する。これは驚いた。私の感覚だと、当面やり過ごしてナースに医療系以外で報告するのはできるだけ避けたいところだけど、メディカル的なところ以外でナースに投げかける場面が多い。日本での看護師時代でひとつ思い出した出来事がある。
病室に訪問すると、カーテンも開いたまま介護士2名で患者の手を押さえつけて両足首を宙に持ち上げておむつ交換をしている場面に遭遇した。患者は泣き叫んでいやがっているのに、変えないとまた服が汚れるでしょと叫ぶ介護士。あまりに非人道的なケアに一瞬固まった。あの時、さすがに仲介したけどどうしたら介護士のそういう対応を辞めてもらえるか考えつかなかった。日常的に似たようなことは行われていたから、もちろん上司にも報告しなかった。
介護士は、時間内にタスクを終わらせなきゃいけない、次の勤務に仕事を増やすことは許されない、看護師にこんなことは報告することではないと思ったんだろう。
おそらくそんな場面にこっちで遭遇すると、かなり早い段階でナースに報告されて、スタッフ間の周知、マネージャーに報告、必要ならその人に合わせた対応方法が変わっているんだと思う。この違いは、業務形態とスタッフへの教育なんだと思う。
思い返すと、前職で自分が行っていた看護は、すごく恥ずかしい。もう二度と尊厳を踏みにじるようなことはしたくない。私が働いてたのが大学病院と私立病院だから、こちらの高所得者用リタイアメントビレッジと比べるのはできないけど、ケアに対する善悪は普遍的なところがあるはず。それに、祖父が高所得者用ホームに入っているけど個別性を尊重するような努力はこちらほど感じられない。
NZではたった3-5%の人がAged careをうけて亡くなっている。職場でもらったブックレットに書いてあった。嘘でしょ、ソースはまだ見つけられていない。もっと知りたいことがある。少しは具体化してきたかな。少なくとも施設や病院経営ではないことは分かった(Health care managementの学生に話聞いたりMBA説明とか受けてた)。一人で考えても仕方がないから日本人の人脈づくりを試みる。来月のCHCHでいい出会いがあるといいな。
価値観のわずかなスライド
仕事を辞めてから6か月
ニュージーランドに来てから2か月
だいぶん人生に対して楽観的になってきた!ひょんなことから仕事も決まって、歯車が動き出してきた。
すべてはバランスなんだ。仕事以外に、生きていると自分を取り巻くものはたくさんある。趣味、お金・経済、健康・美容、家族、人間関係、学び、社会貢献。以前は、人生で長い時間を費やす仕事に楽しみを見出せないともったいないと思ってた。でも今は、仕事以外に楽しみがあれば十分に幸せに暮らしていけると感じてる。どうしてもそのバランスがとれない職場は変えたほうがいい。こう考えていた理由は、日本では仕事を頑張ることが前提で膨大な役割を割り振られてて、その見返りとしてお金や充実感を求めてたからだと思う。けどそれはバランスの悪い組織だったんだ、早く見切りをつけたほうがいい。そうじゃないと無理に仕事の中に喜びや学び、興味を見出すようになって、働くために生きるようになっちゃう。
NZに来てからパーティー三昧じゃないしほとんど自炊だしお買い物もほとんどしてないし友達も家族も遠く離れていて、日本にいたときの娯楽とは離れているけど、タカカっていう大自然の中で、食事や運動、社会活動がもたらす幸福感を改めて実感することができた。
そしてこれはニュージーランドに来て知ったことだけど、自分が幸せに暮らすのに実はお金が全然必要なかったってこと。こっちの人もあくせく働いていないし、かといって仕事をめっちゃ楽しんでしている感もない。ただ、ムリなく働いている感じ。それぞれが仕事以外に生活の生活の軸を置いている。
日本での無職の生活は、楽しかったけど、やっぱり社会に属していない/みんながよしとしている風に頑張っていない感があった。それはみんな同じように生活しているようにみえたから、なんでだろう。環境だろうな。言語や文化的な背景もありそう。こっちだと年齢や国籍もあまり関係なしに人間関係を築くことができる。あなたはどういう人間なのって、ステレオにあてはめずに話すから一人の人間として尊重されている感じがする。私と同じように自国での自分の将来像に違和感を抱えて旅をしている子にたくさん出会ったから、きっと日本が悪くてニュージーランドがいいという問題じゃなくて、一定数その土地に根付く価値観見たなものから一回解放されたい人がいるんだな。今ならわかる、人間ってそういうものなんだと思う。変化を望むし俯瞰して自分の立ち位置を客観的に自己評価することで得られる活力とか安心感があるんだと思う。
そして、仕事の面接練習を通して自分の内面の成長を果たせた。大切なのはネガティブな感情でここまで来たわけじゃないということ。決して逃げてきたわけじゃない。自分にとって、高齢者ケアにとってよりよい道を探すため、学ぶためにここに来たこと。
今ならわかる、この2か月は必要な時間だった!ここでの生活に迷いはなかったけど、全てそぎ落とした生活の先に何が見えるのかという自分に対する信頼のゆらぎはあった。でもそれは杞憂だった、自分を信じてこの道を選んでよかった!誰が何と言おうと自分には大きな収穫のあったタカカの生活、この先それを言葉にして人に伝えられたらいいな。
そのためには自分が感じて、他者が共感しやすい側面ばかり言わないこと。自分がどのようにこの町で成長できたのか、言語化していくこと。一般的には理解されにくいかもしれないけど、恐れず口に出していく。今回成長を果たせたのも、ジンジャー先生との対談があったから。他者との中で自己は確立していく。この国では、それが日本よりも許容される。来月からの新生活ではポジティブエネルギーを発して、人とチャンスを引き寄せていく!
人生はグラデーションで、この時期は仕事から離れて、学生の時のような生きることの楽しみを取り戻せた。そしてそろそろソーシャライズしたい気持ちが出てきた。たくさん学びたい、仕事したい!それをお金や社会のためじゃなく自分のためにしたい!と思えたのが一番の財産。
その一方でやっぱり現金な気持ちの私もいる。ここで医療業界について学ぶことでキャリアアップできるんじゃないか、日本に帰った時にやりがいと給料や休みのバランスがとれた仕事ができるんじゃないかって。そんな気持ちも受け止めたい。私が今医療関係のワーホリオフ会に参加したいのは、自分の看護観を発展させたいから。それはキャリアのためじゃなくで自分の心が求めているから。そういえば去年生死にについて勉強したときも自分の心に従って勉強したなぁ。それが今のここに繋がっていると考えると、やっぱり自分の好きなこと、興味のあることを明確にしてとりあえず前進していくことがキャリアアップに一番最適なんだと感じる。
けど今回学んだのは、その楽しみを仕事だけに見出してはいけないということ。人生はグラデーション、仕事をオフにして他の分野でフローの状態を作り出すのも、同じこと。仕事以外で成長できることがたくさんある。そこを意識して来月から働いていけば、今回こそ仕事と良いバランスが取れるんじゃないかな。
せっかくこの数か月で身につけた、1日の中でのこのバランスや人生の中でのバランスを忘れずに磨きをかけていきたいと思う。
哲学×緩和ケア、星と月
哲学×緩和ケアの授業とこの本を通して感じたことを備忘録。
時間について
ニーチェの「永遠回帰の思想」に見えるように、哲学と宗教が生まれた経緯や目指すものは、もともと同じだったんじゃないかなと思った。
あらゆる苦しみは終わってくれというがすべての喜びは永遠を欲する。今この瞬間は終わってほしくないという時間を見つけてみなさいよ。すべてのこうあったを私がこう欲したに作り変える(youtube)
「過去は新しく、未来はなつかしく」
過去の価値は未来の自分が決める
生命観/死生観
様々な遺伝子セットをもつ個体は、多様性を作って主として生き延びる策の代償として自死のしくみを獲得した。
全ての物はエントロピー増大の法則にのっとって存在している。
人間が情報処理化社会に対応するには変化が必要だと考えるが、そもそもこの法則上に存在していることを無視して進化はできない。そして残念なことに情報化社会はこの相互作用の大原則を見えづらくさせてしまう。
もし法則を突き破って進化をとげるとするなら、
それは太古の時代、植物しか存在していなかったときに植物が生き残るためにMgからFeを作り出して酸素を生み出す生物を作り出したとき相当の年月とパワーがいるんじゃないの?
あるいは少なくとも、大きな地震のため森から草原に出てきた人間が生き残るために出産の頻度を上げ、集団養育するようになった程度の革命が必要?
そんなのは無理な話だから、やっぱり自然界の法則にのっ取って変化しないといけない。すべての物が共存できるようになれば人間も共繁していける。
次世代へバトンを渡してそうやってこの社会をまとめ上げてきた。それが宗教や哲学を通した教育。
古代ギリシャで哲学が発展した。海洋国家、多様国家だから争いが絶えなかった。戦争続きの中、みんなが平和に生きられるように哲学者たちがルールとして人権をつくる。そして2,300年前に民主主義社会が誕生(youtube)
やがて哲学は宗教に道を譲った。哲学は幸せになるために必ずしも必要でないから。
って前読んだ本(ムーギーキムだったかな)に書いてた。
でも実は今の平和な世の中は、哲学者たちが作った倫理の上で成り立っていたんだ!
宗教は心の文明の始まり。共食などでまとまっていた集団が大きくなると、それをまとめる物語が必要になった。人間は、自分の命が有限だと知っている。死や孤独への恐怖からどこかに救いや慰めを求めた。西洋は人格をもった神を創り、東洋は宇宙のかけらとして永遠性を希求するようになった。神道は直接自然を崇拝する珍しい宗教。
もしかしたら神道が生まれた日本には、諸外国に比べて強力な物語が必要なかったのかもしれない。島国の恩恵じゃないのかな、とアイヌ文化を学んでからそう思うようになった。もちろん遅かれ早かれ天皇制や仏教などの物語を必要とされた時代がきたんだけど。
医療
もともと、私たちの心の働きは、自然との接触によって五感でとらえた感覚を意識によって情報化することでしたが、心を含めた環境の都市化は、情報化よりも情報処理を優先する方向に向かっている。現代の医療業界を彷彿とさせる
哲学:意味や価値の本質を問う(真・善・美)
事実学:自然科学、医学、物理学
それぞれの解釈を持ち寄って事実を作っている。事実を共通了解している。
事実が成り立つためには意味の世界があって、意味の世界を問う哲学はあらゆる科学にとってもベースになる
まさしく事実なるものはなく、あるのは解釈のみである
意味や価値の問い方ひとつで、何をエビデンスとするかが全く変わってくる。よい医療とは問うことなしにエビデンスはエビデンス垂らしめられない(youtube)
哲学をもった事実学をエビデンスとして用いないと意味がないということ。
私は事実学からアプローチしていたつもりだけど、たしかにそれは哲学を内包していたな~
私は医療現場の葛藤、渇望など、本来はもっとシンプルだった当たり前のことを、少し科学の目を通して見てみたい。自分の原体験にも沿うから。
それがいずれ誰かを救う力になったらいいなと思ってる。方法もわからないけど。
余談だけど
目に見えるものすごいスピードと質量の潮の満ち引きは、目に見えない月からの強い引力を感じた。
ないからあるを見つけたのは、仏教的で哲学的だよね。
星をみていて、自分の存在のちっぽけさに気が付いた。細胞から原子にいたるまで、この宇宙の一員なんだって感じた。
こう学んだのはだいぶ大人になってからだったけど、それまでずっと海や夜空を眺めるのが好きだったのは、それらのゆらぎが心地いいと感じてたからなんだよね。共鳴してたってこと?自分を生み出したものに、本能的に美しさを感じられて、さらに知識を付けるだけで生き方のヒント、相互作用について美しさをもって学べただなんて。
ほんとにため息が出ちゃう。。
学びについて。
「教える」とは、当たり前だと思っていたことが、そうではなく、不思議だと思っていたことが実は当たり前のことだったということを、ある種の美的感動をもって理解させることであり、同時に「学ぶ」ということは、そのことを深く感動をもって胸に刻み込むこと
新人看護師のとき、人の命は無価値で平等と思いながら仕事していたけど、もっと素晴らしいことだったんだ。
みんな宇宙起源をもとに発展してきた生命体。今もそこに頼りながら活かされているんだなぁって
佐治先生激押しのリベラルアート、何歳からでも学ぶべきだと感じる。
おもしろいのが、どんなアプローチからでも同じところにたどり着くんじゃないかなってところ。私は天体だったけど、哲学も宗教も、音楽、数学、物理、詞、、どの分野でもたどり着くのは宇宙の起源。。いいすぎ?(笑)
私の同居人も、必死に先生やってる。がんばれ~
もっともっとインプットして自分の頭の中の地図をすっきり歩けるようになって、自分の言葉で考えを書けるようになりたい!
なんでこんな医療システムなの⁉とか
みんな死に方/生き方考えてないの?とか
自然の摂理に反してる~って道徳的にも反してる~
でも倫理的にオッケーならいいのか?
私の98歳のおじいちゃん、本人の意識もしっかりあって金も十分、家族のサポートもあるのに、なんかかわいそうな状況になってる。それって誰のせいなのよ
延命を大義に振りかざす人が一定数いる?
お医者さんはほんとのところどう思ってるんだろね~金儲け主義とか噂聞くけどあながち否定しきれないのも診療報酬制度、国民皆保険のこわいところ…
病気直し工場になってる根本の原因はそれぞれの意識だけじゃないよね。
一緒に愚痴る人はいるけど、悩んでくれる人も答えてくれる人もいない。それもなんで?(笑)
みんな同じこと考えてるんじゃないのかなぁ?
この星で生きる理由-過去は新しく、未来は懐かしく/佐治晴夫
来月から1人でニュージーランドに行く。1年間は帰ってこないつもり。
急にこのタイミングで行くべきだと感じた。
なんでこうなったのか正しく言語化できないから、ここに吐きだして俯瞰しようと思う。
きっかけは奄美黄島。サーフィンして、こんな風に日常的に自然と向き合えたら幸せだな~と思った。
人間の脳は変動するものに敏感に反応する。原子はゆらぎながら分子を作っている、自然界には静止状態がなく、常にゆらぐことによって形や音、においなどを変化するものとして敏感に感知している。
自然界に多くみられるゆらぎはf分の1ゆらぎという。私たちの脳はこの刺激をうけると、脳自身のゆらぎと呼応して心地よい、美しいと感じることが最近の研究で分かってきた。
その不確実性があるゆえに、すべてが存在できるし、生命体も存在できる。
自然風の強弱のゆらぎ、星のまたたき、宇宙から降り注ぐ放射線強度のゆらぎ、そして私たちがリラックスしているときの呼吸数や心拍数のゆらぎが、同じ数学的性質をもっているということも、私自身、風から生まれたこの宇宙の一部分であることの証であるといってもよいでしょう。
流れ星が見えなくても、星は動いているってわからなくても好き。都会の明かりより好き。
風が四方から吹くのも好き。髪を下ろして横から下からぐちゃぐちゃにしてもらう。谷底から木々を抜けて吹き上がる風もかっこいい。
波の打ち寄せる音も好き。きれいな砂浜にさらさら打ち寄せるのより、空気とか含んで岩にぶつかりながらたっぷんたっぷんいってテトラポットの隙間を流れていく方が好き。
安静時脈拍を実測しているとなぜか落ち着く。(不整脈は落ち着かないけど)
1秒に1回、60BMP。体の中に音楽流れてる~と思う
旅行から帰ってしばらくすると、よしやすさんの「留学行ってみるとか?」っていう軽い言葉がなぜか頭によみがえってきた。
学生時代に考え抜いた末、わたしは海外は旅行/日本で住みたいって考えが軸としてあったし、考えたことない選択肢だったんだけど、なぜかニュージーランドにはすごく惹かれた。ニュージーランドだけに。
そのあと1人でもんもんと考え続けた。したいこと、しなきゃいけないこと、日本においていかなきゃいかないこと。説明会にも行ったりした。SNSで発信している人や周りの子のように、勉強のため、就職のため、遊ぶため、友達作りのための渡航ではなく、ただ生活するために行きたかった。
2か月考えた末、覚悟が決まった。というより、行かない選択肢が消えた。
生物はその環境に適合するように、自らを変えていかない限り、生きつづけることができない。一方、心を持っている生き物にとっては、環境に慣れ親しむことが、種としての進化にブレーキをかけてしまうことになるから、時折環境を変えて身も心もリフレッシュすることが必要。私たちがふっと旅に出たくなることの理由。
心に向けての旅も大切。好きなことと向き合う時間の中で体験できる心の旅。新しい自分との出会いに繋がり、元気がわいてくる。
外と内に向かう旅に出ることが、豊かな人生への第一歩
そして今、仕事、友達、恋人、家族、全てが渡航にベストなタイミングを作り出した。これには、周囲の協力と理解と愛があったことを、私はずっと忘れちゃいけない。
調べれば調べるほどニュージーランドは私にぴったりの国だと思う。
なにが?
ワイン、チーズがおいしい
ランドスケープがきれい
私が嫌いな日本の特徴が少ない
移民が仕事を得やすい
旅人が多い
個人の自由がある
人が少ない
自分に向き合える
私は、自分と地球に向き合いたいんだね
今の環境は、とても恵まれてて愛にあふれてる。だけどそれを改めて自分で選びたいんだね。
コンステレーションが見えてきたとき、あなたの心の中にある小さなゆらぎが周囲の状況を変え、全体がきっと明るいほうへ動き出すでしょう
(それぞれの立場でばらばらに動いているように見える、全体としてまとまった意味を持っていることが見えてくると、自分の思い込みから背負ってきた抑圧が軽減して、そこからの気持ちの変化がコンステレーションを変えるエネルギーになり、今置かれている状況の改善につながる可能性が出てくる)
自分は自然の分身。人間の体も細胞の塊。あなたはあなた以外のものから作られている。それがあなたの正体。だからいくら自分の中に自分を探しても見つからない。人はひとりで自己を確立できない。相手があって初めて、あなたという存在が確立される。これは物質の相互依存として宇宙が構成されていることの結果であって、科学的なものの見方。すべてのものとのかかわりによって、あなたの物語、人生が作られる。
そのためには仲間を見つけないといけない。他者との関りから自分を探す。
仲間なくしての学びはない。学びは他社との共感があって、初めて深く脳の中に定着するから。自分とは何かを映し出してくれるのは、目の前にいる他者、友人です。
現存するすべての物は同じ根源をもつものであり、互いに共存関係にある。しかし、全てが同じだったら、何か異変が起こった場合、一挙に滅亡する可能性があり、同じ種であってもそれぞれが異なる個性が必要。その一方で共存関係にもあるから、他社の目を気にすることの潜在的理由の一つ。アイデンティティの確立のためには他者を気にするエネルギーを新しい自分づくりのヒントに転換するのが早道。自分をよりどころにして周囲と調和して生きる
本との出会いってなんて神秘的なんだろう
良かった、そう感じられる学と経済力、環境があって。
本当に教育は平等であってほしい
女性と男性の生物学上での歴史の違いも面白かった。
それと並行してもうひとつ目標がある。
自分のしたい仕事についてもっともっと考えを深めること。次回につづく
奄美大島
何か書き出しさないと、今の感情を正面から見れない
時系列は気にせず、ここ数日のことを羅列しようと思う
奄美大島、何か感じるものがあるでしょと自分に思わせる島だった
桃源郷、美しくて魅力的で恐ろしい
ハワイと考え方のベースは似てるとよしやすさんは言っていたけど、私は全く違うものを感じた。
mikuさんはハワイが心のふるさとに感じてるらしいけど、彼女のそれがまりにとって奄美大島だと思う。
いまある生活を全部捨てても、ここにいると幸せだろうなと思えた。島の男の人も魅力的だった。よしやすさん、いなさん思慮深くてサバイバビリティがあって自然を愛していて物知り。心が穏やかな波に満たされてるみたいに、必要なものは自分で分かっている感じ。
でも故郷と呼べるのはその人たちの特権で、たとえ移住しても彼らのようにはなれないんだろうなと思った。移住三世からといわれているらしいけど、それは島の人だけじゃなくて移住者もずっとそういう思いを抱えるんだろうな
コンプレックスなんて感じまいと思っていたとしても、あの自然と歴史ある文化を代々享受しているものとは、同じように感じたりできない。
なら私のやりかたで。
なんだろ、観光地、2拠点目、息抜き場所、パワーをもらえる場所、どれもしっくりこない。訪問者の立場にしては自然を愛しすぎてるし、学ばせてもらうことが多すぎる。
変革者、改革者ぐらいの器で、島に与えるものがなにかないと、居住者としてはそこに居られない。
よしやすさんは地元が奄美ってことにすごく誇りと自信をもってたな。
あと彼の魅力ってなんだろ。
訪問者に心を開くところ、自分から他の土地に飛び込むところ。でも自分の居場所はしっかりと吟味している。息子にも東京じゃなくてハワイを選ばせた、と言ってた。
自分に合う水をよく分かっている。
あとはやっぱり、あの美しい自然に恐れを抱いていないことかな。海を見る目が、、その目で見つめられるんだもん。目だ。ドキッとするぐらいきれいなんだ。
あと、私自身を見てくれる感じ。過去も経験も知らないから海の上でのわたしを見るしかなかったってことなのかもしれないけど。
サーフィンに対する意欲をかってくれた、それに応えてくれたのが本当にうれしい。
素直に受け取ることができれば、嬉しい言葉なんだなと思ったのが
「これからが楽しみ」
これから、、どうしていくんだろ。何を目指して頑張っていくのかな
同じところには旅行に行ったことがない私が、ここにはじきまた来るだろうなと思った。
移り気なのは、好奇心旺盛もあるんだろうけど自分に合う水を探し求めてたんだと思う。
幻想を抱きすぎるとしんどくなるのかなとか、前述したようにいろいろ頭をよぎったけど。
ののかちゃんをみてたらそんな心配は杞憂だったんだろうな、と思う。
あの土地で同い年の女の子に出会ったこと、一期一会だけではない予感がしてたんだけど、もしかしたらこういうことかもしれない。
今、頭を整理したかった理由が分かった。
自分に合う水。
そしてどういう人間になりたいか。
いるべき場所、するべきことは何なのか。
ここ数年は、意図的に心の赴くまましたいこと、興味のあることに手を出そうと思って私生活が充実してきた。自分の好きなことと嫌いなことが分かってきた。
そろそろ次のステップなのかもしれない。今までと同じように、さらにそれ以上に物事の本質を見極めるために取り組む。
そのうえで言語化して優先順位をたて始める。
私生活と仕事。分けては考えられないけどやり方は同じはず。
祖母祖父や父、母やよしやすさん、大家の中村さん、看護部長、、色んな人のパターンは知ってるはず。
「大丈夫、あなたはできる。私がそう見込んだんだから大丈夫。毎回すべてうまくいくわけじゃないから、大丈夫」
彼の言葉は本当にすっと入ってくる。認知症患者と心を通わせた経験がある、と言ってたからきっとそれが活きているんだろう。仕事と私生活は違うけど、どちらもすべて目に出てくる。自分という人格をかたどるもととなる。
人生のかじ取りはいつも初めてだから、用心深くなるし失敗する。でも時期を見逃しちゃいけない。どこかの憧れの誰かにならなくてもいい、なっちゃいけない。今までの自分を作ってきたカケラを手放さないように、磨き上げていかなくちゃならない。大丈夫、立つのが遅れて波に取り残されたあの感覚を思い出して。疾走あるのみ。チャレンジあるのみ。
奄美大島はこころの故郷でも何でもないけど、幻想を抱かせてくれる島。
今度は自然の美しい恐ろしさに向き合えるように。
